【背景・目的】
もやもや病は、1) 頭蓋内の両側内頚動脈終末部に慢性進行性の狭窄、2) 周囲に側副血行路としての新生血管網 (もやもや血管) を生じる疾患であり、その発症は世界的にみて東アジアに多い。本疾患は幼児や若年者の脳梗塞、中年以降の脳出血の原因となり重篤な障害を残す例も多く存在する。近年 RNF213遺伝子の変異が疾患発症に関わっていることが報告されたが、本疾患の血管狭窄/閉塞の病態や原因・分子機構は現在でも不明である。その最大の理由の1つは病変が脳主幹動脈に存在し、組織の採取などによる検討が不能な点にある。
脳血行再建術 (バイパス手術) での治療方法は確立されつつある。我々は、バイパス手術の際に、末梢血管の動脈壁の切除を行っており、その動脈の切片を倫理委員会の許可と患者同意をうけて保存蓄積している。本研究では、このような希少な臨床検体を用いて、もやもや病の病態の解明することを目的とする。
【研究概要】
もやもや病は、頭蓋内の血管の慢性進行性の狭窄を生じるが、その原因は不明である。治療としては、対症療法として抗血小板薬の内服を行う事があるが、原病進行を防止・阻害する薬物治療はなく、現在のところ頭蓋外の血管を頭蓋内にバイパスしたり、硬膜や筋肉を脳表に留置して新生血管増生を促して血行改善を生じさせる手術治療が、治療の主体である。近年ユビキチンリガーゼである RNF213の特定箇所の変異が病気発生に関わっていることが報告され、動物モデルなどにより機序解明が試みられてきたが、現在のところ、どのような機序にて血管狭窄を来すかは不明である。そこで、実際の臨床検体から病態解明にせまるアプローチが重要と考えた。
そこで我々は、以下の術中写真で示されるような、バイパス手術時に得られる、レシピエント血管の血管壁を渉猟ながら採取し凍結保存してきた。また患者血液からは、RNF213遺伝子変異の同定を施行している。
今回このような希少な罹患血管に生じている分子異常を、正常血管の分子遺伝学的プロファイルと比較解析することで解明することを目的とする。
具体的には、凍結検体よりDNAを抽出し、その網羅的メチル化プロファイル解析を行い、これと正常血管のプロファイルとを比較し、罹患血管に生じているメチル化異常を同定する。
また可能であれば、血管壁細胞のRNA解析を single cell レベルで行い、近年報告されている正常血管や、他の脳血管異常の single cell RNA解析のデータ (文献1,2) 等と同様の手法を用いて比較解析し、もやもや病特異的に生じている分子異常を同定する。
以上の様にして得られた情報をもとに、頭蓋内血管狭窄をきたす分子シグナル異常を同定し、これにより創薬につなげることを目標とする。RNF213はもやもや病のみならず、我々メンバーが参加した研究 (文献3) からもわかるように、それ以外の血管病にても変異を認めることから、幅広い脳血管疾患の病態解明と治療薬創出につなげられる可能性を秘めている。